情操教育‪α‬

忘却炉に送るまえに

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最近は毎日クタクタになって、そのわりに平均6時間ぐらいしか寝れていなかったから(それは私にとっては全然足りない)、午前中ほとんどまるまる寝させてもらった。ゼミ準備として調べておいたことをとにかく脳死のスピード重視でスライドにまとめた。

起き抜けの格好でゼミに出た。こんなに喋るのが下手でいいのかわからない。でもちょっと、だからこそ、喋りかたに歪さのあるひとが好きだし、歪のままでたしかに言葉をやり取りできるひとが好き。喋るのがうまい人のことをちょっと憎んでる。嘘みたいだなーと思って見てしまう。でもそうじゃなくて、見栄を張ることから全部はじまったりするし、わたしが見栄と決めつけてるそれ全部だれかにとっての本当かもしれないんだもんな、

洗面所にラメラメのアイシャドウを落として、床にぶちまけてしまった。それではじめにやったことは、とにかくそれを無言で見つめること、それと写真を撮ることだった。写真をとってやっと片付けようという気が起こったのでたぶん写真をとることでそれを事実だと認識したいんだなと思った。

一日中新居の中にいてわかったのは、西に窓がついているから16時とか西日の時間になると急に、ぴかっと明るい光が差し込んできて、はじめてこの部屋が太陽の明るさになる、ということ。前の家では、7時ごろに光が射して、わたしの起きる時間、つまり10時とか11時になるとすっかり熱も光も過ぎ去って他人のようにふるまい、置いていかれている、と思って寂しかったりした。また反対に、二度寝の合間の覚醒の時間のあたたかな部屋、光、朝日のおぼろげな記憶が夢か現実かわからないのを楽しんだり、うちに泊まっているひとの寝顔が朝陽にの中にあることを幸福に思ったり、みたいなすてきなこともあった。

夕方はピアノを弾いたりした。なにかを書いたり読んだり整理したりするのは、机が届いていないからあんまりやる気にならない。音楽といっても私にとっては指先を動かすぐらいのことで、それってたくさんの息を吐いて吸ってする歌や楽器や、の人の感じる音楽、また世界、と比べてすごく弱くちいさく吹けば消えるようなもの?生気が欲しい。

自分のうちにある欲求や暴力性や自己顕示欲をどうにかするのにいつも破滅的な手段をとってしまって、だから積み上がってゆかない。フォーマットをととのえるところからやれば、きちんと制作に結びつけることができそう?

積み重ねる生活、をやりたい。いい加減目を逸らしたくもない。家を変えたタイミングが、生活を変えるには一番のチャンスだから、がんばりたい。とにかく目の前にあることを一生懸命やる。

そう決意したのに今日のところは夜にもまた仮眠をとってしまった、とはいえ風呂入ってご飯食べて皿洗ってコーヒー飲んで、そのあたりの時間の側に音楽があって、パソコンをさわるのも苦でなくて、アイフォンはそれほどいらなくて、まえよりはちゃんとやってると思う。