情操教育‪α‬

わたしのこと好きな人だけが読んでいい日記帳

0624

病的に眠い。7時間とかでは足りない。

かろうじて授業を聞いていたのに指名されたのを無視してしまい少し凹んだ。懺悔。

朝ごはんに納豆と米を食べた。食べ物が食べられるのか腐っているのかを判断するとき、「納豆の匂いがするかどうか」を基準にする。納豆の匂いがする場合は食べない。それなのに納豆を食べるのはおかしいし、よくこんなイカれた匂いのものを食えるよなと思う。

公園が暑すぎるから、何もないところで転びそうになったり、手がすべって携帯を落っことしたりした。猿2匹を散歩させている人がいて、なんとなく動揺した。

30分だけの授業に出ようと思ったけど、学校についたのが授業終了の10分前だったから断念した。またちいさな懺悔。

歌のレッスンでは唯一、とても褒められた。あなたは練習しないほうがいいのね!!と言われて実際その通りだったし、無限にとぶ感じがした。でもたった10分歌っただけで、その中の出るか?出ないか?の不安に挑み無駄に力むうちにどんどん喉が枯れて擦れてうまく声が出なくなった。自分の喉が頼りなさすぎて少し凹んだ。

図書館でたくさん本を延滞しているけど、楽譜1冊しか今日は返せなかった。罪悪感でそそくさと図書館を出た。

上島珈琲で甘いミルクコーヒーを飲んだ、こういうのはいちばん美味しい。大学の最寄りにあるのに、一年に2回ぐらいしか来ない。

談笑しているおばあさまたちがいて、健康のことや夫のこと、冗談とかを言い合ったのちに、「でもね、うん、今日、会えてよかったわ、それじゃあ帰りましょうかね」と言って店を出て行って、なんでこんなことぐらいでそんなふうになっているのか全然わからないけど、なんか泣きそうになった。いつか自分も誰かと、今の大切な友だちと? こうやって貴重な束の間の談笑をして、それがもうこの先無限にあるとは思わないようになっていって、そういうことに対して抗う手段がなにもない、そしてそれが当たり前であること、を想像して、せつなかった。

 

今日は初めてのバイトだった。とにかく目の前で起こっていることをよく見て、状況を判断して狭い厨房のなかで邪魔にならないようにし、より多くの情報をおぼえるようにつとめた。

最初はコミュニケーションがわからないので少し戸惑った。「お待たせしました」が即座に出ず、それは英語を話していて「こういう時なんて言えばいいんだっけ」と考えている間の気まずい一瞬の沈黙とかに似てた。何を言えばいいか頭ではわかっても、ロールプレイしなくちゃいけないからすこしスイッチの切り替えがいる。「店の人」の役割をそれまで演じたことがないので、ほとんどお店屋さんごっこ以来という感じで、すごく自分が滑稽に思えた、でもその滑稽なセリフを言い動作をすることで、まわりの人からすれば初めてわたしが自然に「店の人」を遂行していると映るはずだ、ということもまた、妙だった。

とはいえ、大きい店のスタッフさんとか店員さんって感じではなく、ここでのわたしの役柄は「お店の女の子」なので、普段とさして変わらないほうなのかもしれない。若い女の子らしくしていればいいし、そうしなくちゃならない。

 

赤の他人がよごした皿を洗うのは不思議な気分。自分が買ったものだけを自分の収納した器具で調理し、自分のぶんだけ作って自分の使った皿を洗う、そのためだけにある自分のうちのキッチンは、すべてが閉じられたプロセスの中にあって、すべてを把握することができる、それはとても安心する。その皿洗いと、ここでの厨房の皿洗いは、まったく同じ体の癖を使いまわしているというのに、脳はそれを別々の行為として見做していた。

ふだんから少し潔癖の感じがあるので、よその家の特に水回りを使うのは落ち着かない。耐えられる潔癖だから、嫌悪するというよりは、違和感を意識しながらそこに目をつぶるという感じ。

だからつまり、自分のものではない食べのこしやスポンジやフライパンに目をつぶるために、別々の行為と捉えるようにしているっぽい。

たった数時間やっただけで、何もかもそういうゲームと思うようになる。

あんなに美味しそうな料理をお客さんにたくさん出していたのに、おかみさん自身は豆腐やトマトだけをおかずにしていて、何にもないから食べたくないよと言っていたのがかなしかった。そういうものかもしれないのに、そういう状況があるのはいやだな、

身体の調子がわるいからとにかく何もかも大変そうだった、生活だけでもままならないのに、こんなふうに毎日働いているなんて心配になる。

 

時給1000円で、4時間働いた。それが安いとも高いとも思わなかった。忙しくて死にそうとは思わなかったし、叱責とかされないので、そんなに大変ではないほうなんだろうと思う。

日払いだから、実家で畑作業を手伝って、おばあちゃんからおこづかいをもらって、いいよいいよそんなの、って言うのに近い。

バイトというのは、きっとそれぞれ独特の感情になるだろうから、面白いなと思う。

帰りの電車のなかで、バイトの求人サイトをのぞいて、さまざまな仕事の時給を調べた。なにかを比べたかったのではなく、なにかを想像したかった。今ならちょっと想像できるなとも思った。相変わらず、求人サイトは嘘みたいな口調でうるさく音符マークを散らしたりしていて、辟易した。とても苦手。

帰宅してさっさとシャワーを浴びて酒を飲んだ。今日はすこし自分を労ってやる気持ちになる。

0623

早寝したのに眠くて疲れて仕方がなくて昼過ぎまで起き上がれなかった。でもたぶん過眠傾向って過食傾向りも不眠よりも、苦しくない。

LiSAのライブTシャツは、どうでもいい日をどうでもよくなくするのに丁度いい。

また出かける前に洗濯機をまわせなかった。洗濯とか風呂とか米炊きとかは、時間の計算をしないとうまく生活に組み込んでゆけない点がたまに苦手。

昨日の靴擦れが痛い。でも、ハイヒールや下着を使って、服装に合わせて身長や胸の大きさを増減できるというところに、時々自由を感じる。

腕時計をした。これが、時間が手首にまとわりつく感覚。やたら重い。拘束、捕捉されているという意識がつねにある。

発表のためのホールの下見をした。院生がとても親切であたたかい。

女が死ぬ、を読み終えた。ちょうどツイッターで、育児の合間にこれを読みました、と言っている人がいて、ヴァージニアウルフのこととかを考えてすこし泣きそうになった。クリエイティブな掌編がつづく短い構成と、その全体をやんわり貫く女性へのエンパワメント、子育て中の母が読むのにこれほどぴったりなものってない。

夫婦同姓が合憲、のニュースが出て、なんか最近のいろいろのニュースと重なってしんどかった。鍵なんじゃないかと思うから、まずは戸籍について調べ始めている。制度の詳細とか、歴史とか。せめてちゃんとわかりたい。はじめて歴史の勉強がたのしい。

0622

何にでも文脈を見出そうとするのはやめたほうが良い。

布団ではなくひざかけにくるまりながら、15分おきにアラームをセットして、それを10回ぐらい延長して、よく眠った。

うまく歩けないしうまく食べれない、気楽にいこうとおもう。

ゼミでは、パソコンの挙動が遅すぎて、ひとり教室に取り残されて再起動をやらされたりして、惨めなきもちだった。先生は終始やさしい。

先行作品を整理して見せ、現状を整理してしゃべる中で自分の状況を再認識した。先行作品の悪口をそれなりに言いながら、こういうつまんない感じにならないためには、ほんとどうすればいいんすかね?と相談する回にさせてもらった。みんなは退屈そうだったし、結局なにも新しい視点は得られず、まあぼちぼちやろう、みたいな結末に落ち着いた。なんも面白くない。やるけど。

今日じゃなければ一生機会がないなと思って、スタァライトの映画を観に行った。すごくお腹がすいていたけど、ぼうっとしてたら電車を乗り過ごしたりして時間がなかったから何も食べなかった。今日いちにち、パンひとつしか食べてないので体温が低い。

シリーズへの不信感がぜんぶなくなった。すごい、良かった、いい体験をしたと思った。ウテナをまだ観ていないからそことの比較ができないのは惜しい。

意味不明だったり突飛すぎたり過剰すぎたりの展開が多いので、都度笑った。これはいい意味の笑い、わたしはいつでも過剰なものが好き。

シーンを見ること、そこでそういう方法でそれが表現・提示されているということをそのまま受け取ること、そこから全体の味を理解すること。プロットじゃなくて、モチーフとか間合いによる妙。

そこで表現の中心に据えられているものが、さまざまな女ふたりぐみの関係性、というのがまた良くて、このことについてもっと吸いたいしもっと喋りたい。

スクリーンが舞台に見えるから、大きな映画館で見てよかった。

スタァライトのことだけを考えてネタバレ感想を漁りながら道をあるいていたら、知らない男にしつこく声をかけられて不愉快だった。狩りのレヴューのことで頭がいっぱいだったし、画面には大場ななの二次創作絵が思い切り表示されていたというのに!

0621

最近の過活動気味のせいなのか眠気がエグい。生活を立てなおさなくてはならない。

毎日めっちゃ本を読んでいる。先月は小説をわりと読んだし、今月はそうじゃないのも読んでる。

トランスジェンダリズムからフェミニズムを語ることと、セックスワーカーの権利からフェミニズムを語ることと、はわりと真逆の側面を持っているし、そのそれぞれが、自分の中の違うところを満たしてくれるな、と思う。人にうまく説明できる自信はないけど。

ピアノを3時間ぐらいは弾いていた。曲は少ししかできていない。

秘密の夢について肯定してくれるのはデミアンぐらいしかなくて、それに縋るしかない局面が結構ある。たまんない、どうしようもない。

0620

ひどい眠気。午後はミーティング、昼はバイト?の面接?みたいなものがある。

初めてのバイト先?は、友達がもうずっと働いていてだいぶ雰囲気を知っているし、労働者として雇用される感じではなくて、おばあちゃんの手伝いをして小遣いをもらう感じなのが良かった。そしてなにより、そろそろ、どんな形であれ、自分の労働によって得た自分のお金、というのがないと限界だった。ただ、そこで働いていた友達はみな、店主のおかみさんのことを「おかあさん」と呼んでいたので、そんな芸当が自分に果たしてできるのか、という点だけは不安だった。実の母でさえ「おかあさん」と呼んだことがないし、ましてや誰か他人の年配の女性のことを「おかあさん」と呼ぶことに決めて実際そうした、みたいな経験がないので、いったいどういう感覚であれをやっているのかまったくわからなかった。

おかみさんは、パワフルでありながら攻撃的ではなく、これはたぶん大丈夫だな、と思った。

夜は、公園で外飲みをした。睡眠とかよりぜんぜん大切にしているものがある。少ない酒量でよく酔えて、すごく良かった。1日のおわりに、今日はなにをしたの?と明日はなにをするの?を聞き合うのはいい。全然そうする必要がないのにそれをする、というのがいい。あとのことは秘密!

0619

学校に忘れた傘を回収しに行った。その間は雨に降られ、そうすると雨粒と皮膚の境界を意識し、体の熱を感じた。

カランコエの花、あの脅威の世界のざわめき、その中でお守りのようにかがやく赤い髪飾りのこと。

チョコレートドーナツは、なんど観ても新鮮に怒り涙することができる。怒りや恨みやそれに対する戦意や勇気とはまた別に、なによりも力強い愛を見せつけられ、目が眩むような気持ちになる。

そしてさらにそれとは別に、この劇中のcome to meの音楽と映像による情緒について、誰とも語りあうことができない。だれともわかりあえない。こういう領域のことも大切にしたい。

映画を見て涙するとき、ああ本当は何もかも愛も夢も熱も?とっくに諦めていてもおかしくないはずなのに、こういうものが世の中に存在してしまうから、諦めることができない、熱を、という気持ちになる。人を愛したときもそうなる。

ラフィキを見ているときはずっと、大切なひとを守れない現実とそれでも愛に向き合う誠意と反対に誤魔化す正義について考えていた。

 

ふつうの異性愛でない物語、を見せてもらえるだけでも、勇気が湧く。

このときわたしが自分が性的に如何なる存在であるかということは何も言っていなくて、そうでも、強いていうなら、クィアか非クィアかを選ばなければならない、それを明言させられている、みたいな気持ちになる。

性について特段気に留めないようにして、あるいは自らを順化させていくように努める人生か、もしくは性を探究し疑い争いあるいは使いこなそうと四六時中藻掻く人生か、それはどちらかしか選べない。

 

ジェンダーやセックスや女性や戸籍について、の本をいっぱい借りたくなって、閉館間際の図書館に駆け込んだ。読みたかった本のほとんどが閉架にしまわれていた。あちこち歩き回ってやっと、これから自分がどこの本棚をテリトリーにすべきかに目星がついた。

生理痛のじっとりした痛みでぜんぶのやる気を削がれる。

自分の体のために風呂を沸かしスープをつくる。浴槽をよごしても大丈夫なことがうれしい。

風呂上り、やわらかくなった肌をうっかり壁に擦ってしまい皮が剥がれた。おそらく自分には女体そのものへの根源的ないつくしみの気持ちがあり、だから自分の体に対してでさえも、せっかくこんなに綺麗なのにごめんね、と思って反射的に擦り傷にキスをする、

お腹が冷えるから、紅茶を淹れた。マグカップをおなかに当てて温めた。

0618

かろうじて1限に出た。早起きしてやろうとしていたことがたくさんあったけど、それが可能な感じではなかったし、好きな同期から電話がかかってきて、ベッドの中で2時間以上しゃべって午前中が終わりになってしまったので、そういう感じの日にすることにした。家で補給の日。

「働きたくない」の中に、「毎日同じ他人たちに会いたくない」の感情が確実にある。コミュニティ所属への苦手意識。ひとりでいて補給する時間がないと心がもたない。

事情がありまた今日も徒歩で川を越えることになった。面倒だったので、面倒さを誤魔化すために弱い酒を飲みながら歩いた。外は案外寒いし、酒は甘すぎて吐きそうだし、川は黒い。相変わらず、夜外出するときは、すれ違う人みんなをうっすら睨みながらじゃないと歩けない。

思い立ち、いつもと違う薬局で日焼け止めを買った。日焼け止めに詳しくないから、たくさんの商品の中でわかるものは、知り合いの中学生が欲しがっていた日焼け止めしかなかったし、それは他のものに比べて少し安かった。塗る日焼け止めは3歳ぐらいのころからずっと嫌いだからスプレータイプのものを買うのだけど、あんまり効果がないらしい。でも別になんでもいい、罪悪感から逃れる免罪符として日焼け止めが欲しいだけだから。