情操教育‪α‬

忘却炉に送るまえに

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ものすごく眠かったけどねこが鳴いたりベッドの上にのぼって近づいたりして起こしてくるので1日を始められる。いつもと違う美容師さんに髪を切ってもらった。「どうしたいですか」と言われても共通言語をもたないし「お悩みはありますか」と言われても相手の頭のQ&A欄のどこかに該当するような語彙がこちらにないので、一生噛み合うことがなく、曖昧にやりすごしている。こういう話をたくさんできる相手と喋った。きいてもいないことをものすごく詳細に話してくれる人間は好きだ。おおきなオムライスを食べた。オムライスはラーメンと似ていた、ずっと同じ味だから。ここにあるものの話をするのとここに見えたものの話をするのとどちらが容易いんだろう?

友達を駅まで送ってひとりで運転して家まで帰る時間がかなり好き。さっきまであった時間にぼうっと思いを馳せる。好きな人間とはどこか遠くに行きたい、それは、その場所がレアであればあるほど、その時間をひとりで思い出した際に蘇る感覚が広く濃くなるから。人といるのは好きだけど、人といた時間をひとりで思い出すあの時間のほうこそ、真実だと思う。

どういうわけなのか、まだ11時なのにお店はなにもかも閉まっていて、車もほとんど走っていなくて、バックミラーは暗黒で、トンネル3つ越える間にほとんど誰ともすれ違わなかった。初めて年末を感じた。空気も信じられないほど冷たくて風が強くてそれでいて鋭くなく、よくよく知っている年の瀬の匂いがした。ああ私がここに住んでいた頃は、40種類くらいは風の香りを嗅ぎ分けられたはずだな