情操教育‪α‬

わたしのこと好きな人だけが読んでいい日記帳

0331

ゆっくりめに起きた。ピンク色の服を着て、ピンク色に目のまわりを塗った、比較的よく塗れた。教授からのメールに「これでやっとお話しできた気がする〜」と書いてあった。一度もちゃんと心をひらいてお話をした覚えはない。苦手な人との苦手なタイミングの苦手なノリのメール、最後まで丁寧で簡素なだけの業務テンプレの組み合わせで応対した。もう少しうまく向き合えたら良かったなと思います。

母と近めのカフェ(めちゃくちゃたくさん野菜が出る)にごはんを食べに行く予定だったけど、定休日だった。桜がいちばん良い頃合いだけど、満開になってからは一度も近づいて見れていない。通行中の道路から垂直に伸びている桜並木や、道に点在している桜からちらちら花びらが落ちるのを見ながら、車の中からワーッと叫ぶだけ。

 

結局ポポラマーマでパスタを食べた。バジルとアボガドのみどりとえびとベーコンのピンクで春の野原みたいにやわらかい色のスープパスタを食べた。最近ずっと欲していた味をたべられた。さわやかなバジルのかおりとクリームソースのやさしさを身に引きつけるようにして味わった。

土地ばっかりあるから店はすごく広いのに、お客さんは私たちのほかに2組ぐらいしかいなかった。平和な空間で、店員さんものんびりお仕事をしていた。時給は930円らしい。

ドリンクバーでのんだ紅茶がたんなる香り付きお湯ではなくて、すごく美味しかった。胸のあたりがあたたかくなった。小さいころは、ドリンクバーは元を取れば取るほどいいんだと思っていて、5杯とか飲んだらえらいな、と気張ってたな。同じような節約思考でストローも、なくても飲めるじゃんと思って極力つかわないようにしていた。いくら自分が使わなくても、カトラリー類の隣に山積みになってるカラフルなストローをぜんぶ誰かが使ったり、廃棄されたりするんだとしたら、なんの意味もないよなぁなんて考えてたのを覚えてる。まさかそっちが多数派の社会になるなんて考えもしなかったな。

さいきん江國香織さんの食べ物エッセイ、やわらかなレタスを読んでいるので、適当じゃないふうに食事をして何か考え事をするたびに、あの文体のてざわりを思い出している。

 

満腹感とあったかさのおかげか、ふわふわのまったくちからが入らない状態で、なんとか気を引き締めながら運転して家まで帰った。首のあたりがおちつかない。そういえば、小学校の2年生ぐらいの頃隣の席の男の子と、くびきりごっこというやつをやっていた。首を切られることを想像するとふにゃあと力が抜けるから、そういう気分になったときは、わざと自分の手をギロチンのようにして自分の首を横切って、首を切ったことにして慣らすんだ、みたいなことを言っていた。その話を聞いてからなぜだか、私とその子で互いの首を切り合うあそびをやっていた。そんなに仲がよかったわけでもないし、わたしだけが覚えているんだろうなぁ。いつでも、できるだけ、わたしのほうが覚えておける側でいたいな、と思う。

 

毎日何十件もプロモーションが届くはずのドコモメールが謎に1ヶ月半くらい更新されていなくて、これはおかしいぞ、と思いつつもずっと放置していたのだが、やっとどうにかしようと思い立って色々調べてみると、なぜかドコモのアカウントがロックされていた。パスワードを変更して、ドコモメールをiPhoneのメールアプリで使えるようにするためのプロファイルを一旦削除して再インストールし、いろいろやったら復活した。未読メールが5000件以上になっているのが不快だったので、この機会にこれもどうにかしたいな、と思ってブラウザ版でドコモメールを開いてみたら「未読だけ全選択」がやっと可能になって、ついに未読をゼロにできた、すっきり!気持ちよく新学期を迎えられる!

それから、消えてしまったと思ってた下書き欄の展示や映画の感想メモが発掘されたこと!これは大きな収穫だった。いちばん古いものは2017年だった、アカウントには残っているけどデバイスを変えたから表示されなくなっていたということか、なににせよすごくうれしい。自分の書いた言葉たちを失うのがいちばん悲しい、なにもしなければいつかこの文章だって消えちゃうのかもしれないけど。

 

3月末で一旦ジムを解約する手続きをしているので、最後にジム納めしてきた。脚と腹を追い込んで、遅筋を鍛えたいので負荷を小さめに、回数多めでやってみた。

今日は、よくいるボーイッシュな運動部みたいな声をしている、とてもかわいいショートカットの女の子がいて、すごくかわいいんだけど、普通のウェアより明らかに露出の多いタンクトップを着ていてしかも、けっこう腕の筋肉ががっちりついてるのに白くてやわらかい肌が妙に女の子らしくて、そういう体型あるじゃないですか、あれで、いいのかこんなん?!みたいな、いや自覚的にやっているなら全然いいんだけど、魅せる意識は全然なく、リラックスした様子でマットに寝転んでストレッチしながらインスタのストーリー見てぼうっとしたりしているので、ちょっとわたしも戸惑うというか、、、!でまた、この子の側にずっといる色黒のがっちり筋肉体型のおじさん?いや案外若いかもしれない、が、ずーっとなんだか講釈垂れてるような様子で、それに対してその子もつねに敬語で応対していて、一緒に来ているわけでもない様子だけど明らかに一緒に行動しているので、とにかく目を引いた、ジムは狭いのでどこにいてもそれとなく目に入ってしまう。そんでついにおっさんがあからさまにその子に触れだしたので、ちょっと異様な雰囲気、こっちも微妙な心情に。不必要に頭を撫でたり、ストレッチのときに上から覆いかぶさって肩や胸に触れてるっぽいので、えぇ、人が少ないからって?なにを見せられているんだろう?と、女の子の反応は満更でもないというかんじで、でもカップルではないようで、くっつく前の男女の戯れみたいな、あの空気感だった。フラートとかいうんでしたっけ、ちょっと違うかな、としても?たんなる知り合い間で成されるスキンシップとしてああいうのが存在するんだろうか本当に?と、ただ不思議なきもちになった。わたしは、敬語で喋る間柄の人にああいうことをされたら、えーなんだこれはマジでなに?無礼、とドン引きになるしそういうかんじの価値観の文化圏にいるってことだと思うんだけど、だからたぶん、彼女らは文化圏がちがうってことなんだろうなー、とごちゃごちゃ考えて納得してるうちにトレーニングが全部おわり、プロテイン振ってサッと帰った。ふたりは私が来た時も帰る時もずーっといた。

 

家に帰ってから、録画されてたテレビを色々みた。だいたい母がわたしに見せて話題にしようと思って録っておいてくれたもの。スイスの雪山を鉄道旅行するのを見て、ああ、遠くへ行きたい!!!!旅をしたい!!!!!でいっぱいになる。宇佐美りんさんが喋ってる番組を見て、いいなあ、いいものを見たなと思う。オムライスをたべているところは早送りした。オムライスが好きという情報はどうでもよかったし、女性作家だからって自炊の話に移ったりするのは不愉快だったので。テレビをみるというのは役に立ちそうなものであれ、そうでもないようなものであれ、小さい知識をためていくような感覚がある。震災の特集を見て、トラウマが掘り起こされて身震いする。わたしにとっては画面の中で起きている信じられない出来事だったけど、それを信じなくてはならない、自分の身に引き付けて感じなければならない、いつでも自分の身に起こりうることだからまったく他人事ではない、という意識がとにかくったのをおぼえている。だから、画面の脇に出る津波警戒地域の地図や、速報を読み上げるアナウンサーの後ろでテレビ局の大人が慌てている映像こそ、わたしの震災のリアルで、そういうのをみると少し呼吸ができなくなる。