情操教育‪α‬

忘却炉に送るまえに

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地味につづいていた隣人トラブルから転居の雰囲気が強まっていて、とうとう不動産屋に出向くことになった。条件と状況を話して、候補を絞って、実際に建物の外観と立地を確認して、契約の手続きをして、トントン拍子に部屋を押さえた。うまくいけばこのまま、4月下旬に引っ越すかもしれない。いま住んでる駅とそれを貫く商店街が大好きだからなるべく離れたくなかったけれど一応別の駅とか別の沿線でも物件を探したその結果、いちばんよかった物件が結局まえの住処とおなじ駅の反対側だった。

不要な引越しをしてあんまり無駄にお金をかけるのは申し訳ないから嫌なんだけど、どうせ更新にも15万はかかる予定だったし、家族のほうも隣人と不動産屋への不信感でいっぱいになっているし、高くなってしまう分の家賃は私がバイトして払うから、ということにして、なんとか罪悪感を拭っている。

不動産屋は雑居ビルの6階にあって、妙に厳つくて口のうまそうな男たちばかりの店舗だった。いま流行りのポップスばかり流れて、まるで雑貨屋のようなBGMが異質だった。担当はハキハキした喋り口調の、いかにも就活などの場面で評価されそうな、ずっと運動部を貫き通してきたタイプの20代半ばぐらいの男性だった。話しているとあまり嘘をつきそうにないタイプであることがわかり、おそらく素朴で明快な世界をみていて、かつどこか間の抜けたのんびりとしたところがあり、そういうところも含めていかにも典型的に若い男の人なのだけれど、条件に当てはまる大量の物件をズバズバ絞り込んでくれたり、自分だったらどこに住みたいかな〜の視点で嬉々としてオススメを語ってくれたりするのがかなり有り難かった。実際、彼が提案してくれた物件がいちばんよかったし、他でもバンバン契約をとっているようだった。

 

帰り道の途中で、懐かしいショッピングモールに寄った。中学生ぐらいの頃、友達と遊ぶのによく使っていたし、高校の頃は帰り道にある唯一のタワレコがそこだったから、LiSAの新譜が出るたびに通っていたのを思い出す。あったはずの店がなくなっていく。大人になるにつれて、こどもの頃に行っていたショッピングモールが目に見えて廃れていく時代を生きている、という意識。

 

ほんとに絶望的に理不尽に話が通じない、という経験を繰り返さずに大人になれたひとのこと、やっぱり羨んでしまう。

たとえば母は典型的なバックラッシュの話型をつかって、わたしを含めた意味でのフェミニストの存在を否定するし、わたしだってそれが素朴な感情に基づいていること、母のかけがえのない人生経験によって醸成された別のたいせつや別の正しさの基礎となる価値観によりもたらされた否定であること、を理解している、それでも私には私の経験があって誇りがあるから、対話してわかりあおうとするしお互いが容認できる妥協点を探ろうとする。正直言って私の半生、その意味のわかる/わからないを賭けて命がけで戦うのに労力を割いたり結果報われずに絶望したりをやりつづけてきた、それこそが良くも悪くも今の自分をかたちづくったいちばんの要因であるとすら言える、

父に関してはそういったレベルの話ではなくて、自分の誇りだとか面子だとか計画だとかがかかってくると、文脈も相手の主張も自分の理屈も世間の道理も何もかも無視して理不尽に怒鳴り散らすので、まったくなんの対話も成立しようがない。思いやりよりも表面的な「頼られ」を求めていて、それが満たされないと軽んじられたと激昂する。男のプライド概念がそんなものなら、どこまでも自分本位で馬鹿馬鹿しくてまったく付き合っていられない

母の賢さ強さ孤独で不器用な可愛らしさを、父のようなくだらない男が理解できるわけがないのに、なぜこの母を選び苦しめることになったのか、もっと従順で馬鹿で可愛げのある女にしておけばよかったのに、何度そう思ったことか!

いまはねこがいるから、なんとか父の怒りが緩和されている。でも怒鳴り声に怯えているねこがかわいそうで私はその背中を撫でるしかできないし、父が母やその親を罵ったその口でねこを可愛がるときに悔しくて涙が出そうになる

すべて何もかも、お金があれば、父の体で稼いだ金をあいつらが搾取しなければ、こんなことは起きずに済むのにな