情操教育‪α‬

わたしのこと好きな人だけが読んでいい日記帳

0722

3年ぶりにピアノの調律をしてもらった。

溜めた和声課題を進めたので、ひるねをしているときにもずっと和声の頭の使い方の状態みたいになってすごく嫌だ。

数学とか物理とか問題を解く中で考えることや、問題を考える時間を楽しんだ経験が一切ないからかな。

 

教習所がやや遠いから移動の時間がある。

移動中は、ぼうっとしているけど何もしていないわけではない というどこか免罪符のような特権的な状態になれるのがいい。

 

息が詰まる動悸する感じをがまんしてちょっとLINEの返信をした。

息をするように永遠にしゃべれる人ならLINEも難しくないの?

 

占いサイトの、わざとやってるのかというくらいの怪しさとか胡散臭さが大好きで、いくつかめぐると「もっと胡散臭いデザインを…!」と病みつきになってしまうあの現象には名前がついている?

可笑しいくらい騙されたくない気持ちがつよいので占いというのをほとんど信じたことはないけど、半分本気で半分冷やかしみたいなスタンスをお互いに了解したうえでああやっているゲームのようなものだとしたら、なんか粋でずるいな。

「ちいさいころは神様がいて」って始まるあの歌に私は「共感」していて、そうやって聴くものじゃないんだろうけど、あの歌詞はまさに真実で、世界の秘密を暴いているように思えてならない。

 

太陽のパワーとか星に願いをとか神に感謝とか善く生きるとか、私はそういうことがピンとこない次元で生活しているけど、そういうのがごく自然に、普段扱う概念のひとつになっているレイヤーの人たちはわりとたくさんいる、そのことに意識を向けることすらなかったし無縁と処理して視界から切り離してきたけど、ちょっとは、いいかもしれない。

私だって小さい頃におばあちゃんから、道徳や倫理の観念として神様や隣人愛や奉仕の精神を説いてもらってたし、あれって個人の心の持ちようとして如何に良い人間であるかという話だ、自分と社会に理想をもつこと、その実現のために絶えず克己すること、その根拠のための絶対的な存在としての神。

太陽の光にスピリチュアルなパワーを見出したり毎晩お祈りの神聖な時間をもつ人は、きっと少なくとも自堕落にはならないだろうから、いいな。

 

あんまり多くのことはできない。

せめて眠る前に決意するくらいのことはしたい。